五箇伝の中でも他の刀に遅れて誕生したのが相州伝と美濃伝でした。戦に敗れて反省を繰り返した結果、一部の刀匠が新たに開発した刀だったのです。ですから強度については申し分なく、鑑賞しただけで覇気が伝わってくるのが特徴です。両刀とも鎌倉時代に誕生したことから、多くの武士に愛されました。武士も単に実用的であるからという理由だけで愛したわけではなく、関鍛冶にデザインに関する要望を聞き入れさせました。名刀と言えるものは少ないのですが、どの刀も丈夫であることから、綺麗な状態で代々継がれてきました。さて、五箇伝に限らず日本刀は、日本人のアイデンティティと深く関わってきました。ですから日本刀を深く学べば、当然日本人の精神、或いは日本の本質について知り得るところは大きいと考えられます。実際、先祖は日本刀を殊の外大切にしてきました。今でも残存している名刀はその証左と言えます。ではこれまで日本人は刀をどのように捉え、何故大切にしてきたのでしょうか。元々日本人は日本刀を贈答品として扱っていました。例えば他人の家庭で子どもが生まれれば、それに合わせて日本刀を贈ったのです。一部の人は贈答品としての刀は好ましくないと言いますが、筆者はそれをデマだと断言します。そうでなければ、これほど長年に渡って贈答されてきたことを説明できないからです。もちろん日本刀に「切る」というイメージは付き物ですが、それは人間関係を意味するのではなく、「切り開く」という、人生全体に関わる概念として連想すべきでしょう。過去の贈答の例は沢山ありますが、諸大名から家綱の誕生に際して贈られた刀も、徳川義直から御所に贈られた太刀も、頼宜から御所に贈られた脇差も、全て名刀というべき逸品でした。